ゆとり世代のプロサッカー選手。丸山龍也のオフィシャルブログ。現在は欧州リトアニアでプレー中。

2015年2月28日

スロバキア2部でプレー出来そうになったのだけど・・・やられた。話。

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jesp


スロバキア2部リーグ、ブラチスラバのクラブと契約できそうになった自分の話です。

端的に結論からいうと、誰かに色々と助けてもらいたいです。そのために書きました。
当初公開してから、一時非公開にしました。色々思うことがあって、再度公開しました。

特定の友達しか見られないようになっています。が、これをどこかで引用してもらうのはかまいません。

また、この文章の大半はウィーンからベオグラードまで片道11時間の、列車の中で書きました。実際は、今はこんな文章を書いている余裕もあまりないです。
やや古いものになりますで、時系列などその辺りでおかしい点がある場合はご容赦ください。

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「罪を憎んで人を憎まず」
大切にしている言葉。
 

何か問題が起きた時、苦しい目にあった時、傷付けられた時、騙された時、嘘をつかれた時、悪口を言われた時、貶められ時、殴られた時、俺のせいにされた時。
 
 

何があっても、悪いのは罪であってその人を憎んではならない。
罪が起きた状況、背景、設定・・・何か問題があったから罪が目の前にポッと現れた。その人が俺を陥れたくて、苦しめたくて、悲しませたくてそうしたわけではない。

恨むべきは罪。決して人を憎んではいけない。いつからかか誰からか、この考え方を教わってからずいぶん気持ちが楽になったことがいくつもあった。
許せない出来事、殴りたい人、復讐したい奴、あの男、この女・・・それまで悶々としてた気持ちが少しずつ納まった。だからこれをすごく大事にしている。

俺は嘘をつかれた。騙された。貶められた。
 
 
 
 
 

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スリランカからフランスに渡ったのが12月。CLに出る、代表になる、W杯に行く。そうやって高い目標を掲げて、大見得を切った。俺の実力から言うと笑われる話かもしれないが、本人は本気だった。
 
 
大きな目標を掲げてそこから逆算することが大事だと教わった。だからそうやって自分を追い込んだ。
そんな中フランスに来た俺はコーディネートしてくれている方のおかげや、様々な縁がありセルビア2部のクラブで契約できる話をパリでまとめ、セルビアに飛んだ。
 

しかし俺の手続き上の不手際で問題があって、飛行機が雲の上を飛んでいる間にセルビア入りは破談。
セルビアについた瞬間、俺には行く場所も知人も知っている言葉も何ひとつなかった。空港はWiFiが使えなかった。
パリを発つときはワクワクだったのに、いきなり天地がひっくり返った。胃が食べ物を受け付けなかった。
 
 

来た手前帰るわけにもいかず、色んな方にセルビアで何か情報がないかと相談した。
世界中のサッカー関係者、タクシーの運転手、レストランで隣に座った人、日本の友人。コーディネーターの方は、セルビアは諦めて違う国に行こうと諭してくれたが、俺はせっかく来たのに何も手にせず後にするわけにはいかないと、それを断った。

英語も満足に話せないが、一生懸命アピールした。
空港で出会ったタクシー運転手は、1部のクラブで働く友人に相談してくれた。しかし難しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
そんな中、節約のために一泊20ユーロのホテルから一泊6ユーロのホステルに引っ越した。そこで、隣のベッドだった彼と出会った。彼はダルコと名乗った。仕事はツアーコンダクターをしているらしい。

チームがなく困っている俺の話を聞いたダルコは
 
 
 

「セルビアの凄腕代理人と知り合いだ。彼のコネクションは凄い。彼に話をしてみる」
 

 


と言い、俺を助けてくれた。ダルコがその代理人に俺のビデオとCVを送り事情を説明すると、その代理人はテストをアレンジしてくれると言った。
代理人の名前を調べると、選手としても代理人としても確かに実績がある人物だった。俺は運命を感じた。粘ったかいがあったと。
コーディネート費用として500ユーロ(7万円)+仮に契約した場合は給料・契約金の5%を請求された。後がない俺は即支払った。
 
 
 
 
 
数日動けない日が続いたが、彼らは実際にセルビア2部のクラブのテストをオーガナイズしてくれていた。 参加したのはあのレッドスター・ベオグラードの実質的セカンドチームだった。
環境もレベルも高く、レッドスターなど名門クラブから移籍してる選手も多い、とても良いクラブだった。
しかし練習に参加したのが移籍期間締め切り直前で、死ぬ気でプレーして評価も手応えもあったが契約はできなかった。これは俺の実力でしかない。
 
 
 
 

ダルコはセルビアの全てを教えてくれた。安い食堂や散髪屋、バスの乗り方からトレーニング場所、言葉、文化、、、毎日何から何まで親切に丁寧に、東洋人の自分に親切に教えてくれた。

俺がトイレに行った一瞬、ロッカーの鍵を抜き忘れていたことを凄く怒っていた。「この部屋にはボスニア人もいる、ボスニア人は平気で物を盗むから気をつけろ!お前はパスポートがなくなったらこれから何も出来ないぞ」と。
 
練習でゴールを決めたと伝えると自分のことのように喜んでくれた。怪我の話をすると膝を気遣ってくれた。節約している俺にハンバーガーを奢ってくれた。

“You are very kind” こんな英語しか喋れないけど、何度もダルコに伝えた。
 
 
 

そんな中、セルビアで契約できなくなった俺のために、ダルコは敏腕代理人に俺が他の国で契約できないか相談してくれていた。
いろんな可能性を探る中、ひとつの可能性が見えた。セルビアから北上し、舞台はスロバキア。

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俺はスロバキア2部でプレーできる可能性が広がった。ビデオとCVを送り、セルビアにいるスロバキア関係者に練習試合を見てもらった。彼から俺の情報を細かく送り、敏腕代理人からもクラブにプッシュしてもらった。

 

その結果、向こうが評価している。だから契約ができるかもしれない。給料は月15〜20万、さらに家も食事も出る。さらに、もっと待遇が低いチームがあってそっちは給料は凄く少ないが、間違いなく契約できる。
だからスロバキアに渡りさえすれば、95%契約できるぞ!そう言われた。
 
 
 

給料も待遇も低くていい、国もどこでもいい。

ーーとにかく目標から逆算すると、この冬絶対ヨーロッパでプレーしなければ目標には届かない。
なんでもいいし過酷でもいいからとにかくヨーロッパでプレーしなきゃ絶対にだめだ。ーー

そう思ってた俺にとって、W杯出場国であり欧州の中堅国であるスロバキアでのプレー、そしてこの待遇は夢が広がった。
自分が映画「ゴール」の主人公になったような気分だった。まだまだ決まったわけじゃないけど、こっからサクセスする。
 
 
 
 

自分の自己採点から考えると待遇が良すぎると一瞬感じた。だけどCLに本気で出ることを考えるなら、そのぐらい右肩上がりで行く必要がある。
俺はこれからもっと大金を掴むんだからビビるな。急な話に少し戸惑う自分にそう言い聞かせた。

スロバキアリーグはセルビアよりレベルが落ちると聞いた。実際にUEFAリーグランキングでも下だった。YouTubeで見ても微妙だった。
セルビア2部で手応えを感じた俺は、スロバキアならもっとやれるかもと感じていた。
 
 
 
 
 

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ただ、彼の友人である敏腕代理人は、これはビジネスだからスロバキアでのコーディネート費用として2000ユーロ(27万円)を要求してくる。

コーディネート費用は契約金も給料も出る環境だから、すぐに元は取れる。問題ない。
しかも何度も言うように95%契約できる。と聞かされた。
じゃあ契約金や給料からそれを取ってくれ、俺には用意するお金がないと提案した。5%は失敗確率があるから前払いだと却下された。
 
 
 

さらに2000ユーロの中から、ツアーコンダクターの仕事をしているダルコを雇い、スロバキアで契約するまで帯同させて、世話をさせると聞かされた。

言葉がしっかり喋れない俺には、英語が堪能なダルコの帯同はありがたい話だった。
話は前向きだったけど労働ビザは取れるのか?本当に俺を評価しているのか?色んなことを何度も確認した。

「問題ない、代理人は今まで何人も移籍を成功させている。チェルシーにいるマティッチも管理している、しっかりしている人物だ。大丈夫」と言われた。
自分の元々のコーディネーターの方からも、色々と細かく聞いてもらった。何度も確認した。
 
 
悩んだが、実際に俺はセルビアでテストすることが出来たし、後には引いてられない。父親から言われた「大人は出来なかった、じゃダメだ。何をしてでも出来るようにしろ。出来ませんはダメだ」が頭をよぎった。やるしかない。ダルコに金を支払った。
 
 
 
 
 
 
 

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しかしスロバキア行きが近づくと、ひとつ問題が浮上した。ビザの問題。

ダルコが言うには、ビザは取れるには取れるが、チームが用意すると時間がかかる。だから今行けば登録は出来ても、試合に実際に出れるのは1ヶ月後になる。

開幕戦が近づいていて、スロバキアのクラブは開幕から使える選手だけが欲しい。アタッカーが足りていない。他からの補強も考えてる。

だが、チームは俺のことを評価してるから、ビザさえ自分で用意できれば俺とサインしたい。そういう話を聞かされた。
  
 
 

もともと、海外でプレーできない選手のほとんどがビザの問題を抱えていることを俺は良く知っていた。
だから俺は、もしビザの問題が起きた時は自分で工夫しよう。と、覚悟してヨーロッパに来た。だからあまり驚かなかった。

だし、このタイミングでいけなくなったらもうヨーロッパでのプレーは不可能になる。
「お前、ビザ問題ねえって言ったじゃねえか」と思いつつも、やるしかないわけだから、この提案に首を振るはずがなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
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しかし問題は続く。
スロバキアでのビザの取得のために自分の資産を証明しなければならない。
もし仮にスロバキアで職がなくなっても3ヶ月は生活できるという証明で、
その額は

57ユーロ/day×90日=5130ユーロ。これを見せる必要があった。

ウェブサイトもたくさん見せられたし、実際に取得した人のレポートもネットで読んだ。確かににそういうシステムのようだ。

ただ、通常そのやり方を行うためには預金証明を作る必要がるが、預金証明を取得している時間がない。スロバキアには明後日行く、チケットもとっている。
 
 
 

そのためには現金で自分の資産を大使館に証明しないといけない。だから、自分がお金があるというのを一瞬だけでも大使館で見せる必要がある。

なので1日だけでもどうにかして用意しろという話だった。

5000ユーロなんて一瞬で集められるものではない。不可能だというと、ダルコは敏腕代理人から受け取っているマネージメント費用と、自分の貯金、そして親からお金も借りて2000ユーロを作る。これは仕事だし、お前のことを弟のように思っている。それに100%安全だから、2000は用意すると。

だからお前はとにかく残りの3000ユーロ(40万円)を自分で用意しろ。お金は一日見せるだけで大丈夫だから、誰かに借りるのがいい、すぐ返せると言われた。
 
 
 

俺はそんなシステムがあるのか疑った。
何度も何度もゆっくりダルコに聞いた。全てしっかり答えてくれた。
「スロバキアもセルビアも日本やフランスのような国じゃない。だからこんなやり方でもビザは下りる」

しかもダルコは、先日俺の試合を見に来たスロバキアの関係者が、ビザの取得をサポートしてくれているといった。彼はセルビア人のスロバキア移籍を過去何人も手伝っている。だから安心しろ、大丈夫だと硬く握手された。
 
 
お金なんて用意できないと考えている間にも話は進み、たくさんの書類をダルコから渡され実際に記入した。
ビザの取得を手伝う人がスロバキア大使館に行った日には、ビザ取得の作業が始まったと俺のアドレスに大使館からメールをもらった。

ビザに関するウェブサイトもたくさん見させられた。いちいち翻訳もした。

何よりダルコは2週間近く俺の契約のために奔走してくれている。間近で見ている。夜は泥のように眠っている。感謝している。

よく考えたし、疑いもしたが、最後は信頼した。
 
 

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しかし実際に3000ユーロ(40万円)を用意なんてできない。

ここまで俺は、ポンポンと国を渡って簡単にお金を支払っているように周りには見えるかもしれない。
けれど実際はそんなことない。
 
 

スリランカからフランスに渡るとき、まず父親に相談して俺の夢や目標を伝え、支援をお願いした。

親子関係がうまくいかず家出をして2年も勘当というか絶縁していた父親も、今はとても応援してくれている。妹の大学受験もある中、もうお金はないと言われたが、無理を言って大金を作ってもらった。しょっちゅうLINEをしてきて、凄く応援してくれている。

そのお金でフランスに渡り、パリで活動していた。

しかし実績のない日本人が物価の高いヨーロッパで生活し、実際に契約してプレーするためにはそれだけでは難しかった。
クラブのディレクターや新しい代理人に出会ってもコーディネート費は必ず要求されるし、怪我をすれば病院に行く、スパイクが壊れたら買う必要がある、食べ物はせめてアスリートらしい栄養のあるものを。そう考えるとなかなか厳しかった。
妹の大学受験がなかなか大変なのも聞いた。兄として妹より先に結果を出さなきゃと凄く考えてた。ただ、現実は難しい。
 
 
 

だからセルビアに来る前には、母親にも相談した。今年絶対ヨーロッパでプレーして夢を叶えたい。だからお願いします。

母親は俺が産まれた頃から積み立てて、祖父母も毎月少しずつ入金してくれていた大学受験や結婚の時のための口座から、大金を用意してくれた。

 
 
 
 
「もうあなたにお金を渡すのはこれが最後だよ。もう出せと言われても出てこないからね」
母親と祖父母の精一杯に、頭が上がらなかった。
 
 

俺はそのお金から、セルビアでダルコに払ったコーディネート料などを捻出していた。
絶対成功しなきゃダメだ。毎日そう思って、でも気合いを入れすぎて怪我したら終わりだと、身体の具合には慎重になった。

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しかしそのお金も何百万円もあるわけじゃない。正直カツカツだった。

俺はダルコにもう一度言った。3000なんて無理だ。
 
 
 

ダルコは言った。俺も親から金を借りたし、貯金も出してる。奥さんに反対もされたが、それでも用意した。マルのためだ。
 
 
 

“必要なのは1日だけ、たった一瞬だ。借りられればサイン、契約,そしてお前はヨーロッパでプロになるんだ”ダルコはそういった。
 
 

俺もここまで来て契約できないのは困る。スロバキア以外の国はマーケットが閉まっていた。時間はもう無い、最初で最後のビッグチャンスかもしれない。
しかも仮に契約できなかったとしても、スロバキアでビザをとっておくのは、今後の動きのためにも非常に楽。
 
 
 

俺はコーディネーターの方にお金の相談をした。
もともとコーディネート料は支払ってるとは言え、日夜遅くまで俺に関する交渉や通訳をしてくれている。フランスに来てからの時間や手間、費用などを考えるとほとんど利益が出てないのはよくわかっていた。
そんな中、快く1000ユーロを貸してくれた。ありがたかった。
 
 
 
 
 

残り2000ユーロはかつての先輩達が送金してくれた。時間もない中、ほとんど相談も説明もしてないのに、気前よくポンと即決で貸してくれた。
俺のためならと送金方法がない中、日本時間の明け方まで奔走してくれた。なんとかその日にお金を受け取ることが出来た。
 
 
 
 
 

先輩達と日本の代理人、彼らは俺の夢を応援してくれている。本当に応援してくれている。その他の友人たちもその都度応援してくれる。相談しても、俺は無理だけどと新しい案を考えてくれた。
 
 
 

その日のことは一生忘れない。
朝の段階ではまったく足りなかった3000ユーロが、夜には集まった。ダルコの分も合わせると、2日で5130ユーロが集まった。
途中で様々なトラブルが遅かかってもみんなで乗り越える過程は、まるでプロジェクトXのようだった。

お金が集まった瞬間、俺は感極まった。22年間生きてきたけど、たくさんの人に支えられてるんだな。そう思えば思うほど、絶対成功するぞと心に何度も誓った。

ありがとう。俺は頑張る。
みんなで一緒にスロバキアで契約しよう。そう思った。 

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お金が集まった瞬間、ダルコも喜んでくれた。これはミッションインポッシブルだった!でもマルは不可能を可能にした!マルの友達は本当にいい奴だぞ、感謝しろよ!

言われなくても自慢で誇りの友人、コーディネーター、先輩達だと言い返した。
 
 
 
 
 

翌日、ダルコと一緒に、バスでセルビアからスロバキアに向かった。
セルビアからハンガリーを通り、まずはオーストリア。スロバキアの首都ブラチスラバとオーストリアのウィーンは隣町。神奈川と東京のようなものだ。

ハンガリーの国境ではかなり時間を取られて、念入りにバスが調べられるトラブルがあった。
 
 
 
 

ということで深夜に着く予定が、明け方にウィーンに着いた。

バス移動の道中、ダルコとは色々な話をした。
家族のこと、昔のこと、自分のこと、サッカーのこと、文化のこと。

ホステルで出会った日本人が、自分の助けでプロとして契約していく。なんてエキサイティングなんだ!と言っていた。それは俺も同じ気持ちだった。ダルコがいなければヨーロッパでプレーなんて無理だった。ありがとう。
 
 
 

ウィーンでは、スロバキアの関係者と電話で最終チェックをしていた。明日から練習参加だ。数日トレーニングしてフィジカル面で問題がなければサインできるぞ、と言われた。

だから昼まで寝て、起きたらしっかり走れとダルコに言われた。わかっている。そのつもりだ。

ダルコはマネージャーさながらだった。バスの予約からホテルのチェックイン、何から何までダルコに任していれば勝手に話が進んでいた。
マルはサッカーのことだけ考えとけ、しっかりコンディション作るのがプロだぞ。あとは俺に任せろ。
頼もしかった。
 
 
 
 

ただ、ビザの話が進んでない。
ビザは大丈夫なのか?ダルコは昼には問題ないと聞いてる、と言った。ビザの取得を手伝ってる奴の仕事が遅いと嘆いていた。
俺は友人からお金を借りているし、すぐ返せると言われたから借りたんだ。だから、しっかりやってくれと少しキレ気味に言った。今日の15時までにはなんとかさせる。と約束した。

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昼まで寝て、起きると走りに行こうと考えた。
 
 
 

部屋のセーフティボックスに貴重品を預けようとしたら、南京錠をかけるタイプだった。たとえるなら学校の下駄箱の大きいやつ。
 
 
 

南京錠を持ってないのでレセプションに借りに行こうとすると、借りてくるからマルは体動かす準備をしとけとダルコに言われた。
ストレッチをしながらダルコを待ってると、しばらくしてダルコが鍵を持って戻ってきた。

セーフティボックスに貴重品を入れたリュックを預け、俺はウィーンの街を走りこむことにした。
ダルコは俺がトレーニングしている間、スロバキアのクラブの人間と少し離れた所のカフェで話をして、細かいとこを詰めると言っていた。
俺はいなくていいか?と聞いたら、今夜3人でブラチスラバに行くからその時に話はしよう。まずは走って調子を整えておけと言われた。
 
 
 
 

そうして俺はウィーンの街を走った。いろんな街に行ったけど、ウィーンはすごく気持ちがいい。今までで一番好きかもしれないなと思った。

しばらく市内を走った後、雨がかなり降ってきたのでマクドナルドで雨宿りをした。
携帯をWiFiに繋ぐと、ダルコからメッセージが連投されていた。
 
 
 
 
 
 

「今どこだ?」
「早く戻ってこい」
「スロバキアに行くことになったぞ」
「連絡しろ」
 
 
 
 
 

焦った。もしかしたらこの何時間かで、また契約が出来なくなるかもしれない。セルビアに来た時のことを思い出して、俺は急いで返信をした。

するとダルコは言った。
 
 
 
 
 
 

「とりあえず大丈夫だ」
「俺は今ブラチスラバに向かって、細かい契約の話をしに行っている」
「マルはしっかり身体を動かしておけ」
「今日の夜か明日の明け方に迎えに行くか、クラブが車を用意する。だからホテルにいろよ」
「とにかく全部大丈夫だから安心しろ」
 
 
 
 

俺は早くスロバキアに行きたかったから少し残念に思ったが、契約の話が進んでいると聞くと心が躍った。
雨は降っていたけど、ホテルまで早いペースで走った。

ダルコは最後に

「カバンをマルのスーツケースの横に置いておいたから、盗まれないようにしっかり見といてくれ!」
 
 

と俺に伝えた。

部屋に着くと念入りにストレッチをして明日に備えた。

あと少しで契約できる。でも結局実力が全て明日が勝負だ。良いプレーをするために良い準備をしないと。

今までの苦労が頭をよぎって、もし契約できたら自分を少し褒めてあげようと思った。
 
 
 
 
 

しかし以前ビザの話が進まない。俺は焦った。その日に返せるはずのお金が、まだ先輩や代理人に返せない。

俺はダルコに強く言った。早くしてくれ。友人には月曜日までに返す約束なんだ、頼むと何度も言った。

ダルコは私も親から金を借りているし、自分の金を預けている。だから同じ気持ちだ、しかしさっきからメッセージを送っても返ってこない。とダルコは言った。
 
 
 
 

メッセージじゃない、電話しろ!俺はキレた。
ダルコは、わかった、30分後にまた連絡すると言った。

1時間半ほど連絡が来なかった。ビザのことで揉めてるのかなと思った。大黒で何かをするときはいつもこうだなと思った。
 
 
 
 

再び心配になってダルコにメールを送って連絡すると、彼はこう言った

「あいつはいちいち手数料を要求してくる」
「サッカーの世界のやつは信じられない」
「お金のことが怖い」
「私のお金が心配だ」
「私は明日の朝、ベオグラードに向かい話をしてくる」

と言った。
 
 
 
 

意味がわからない、ふざけるな。
明日の朝じゃ日本の夕方なんだ。ダメなんだ。

ダルコには俺もベオグラードに戻ると言った。もうこうなってしまったら、とりあえず契約よりも友人のお金の方が大事だ。

でも「マルは携帯を持ってない、英語を話せない、土地勘もない、しかもウィーンはドイツ語だ。もし迷子になったら大変だ。ダメだ」と諭された。
 
 
 
 

俺はビザはもういいから、とにかく今金を返してくれと伝えてくれと言った。最初から最後まで全部もう一度自分でやるから!と。
ダルコにはとにかく、彼は今日の深夜にお金を戻すと言ってるから、今日の深夜まで待とうと言われた。

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と、話をしているうちにすっかり時間は経って、時計を見ると夜の10時だった。さすがにお腹がすいた。
 
 
 
 
 

セーフティボックスの鍵をあけ、リスク管理のために財布とは別に管理しているポシェットの中から、保管していたお金を取ろうとした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あるはずのお金がなかった。500ユーロ(7万円)がなくなっている。
 
 
 

俺は即座にハンガリーの国境でのことを疑った。国境での入国審査にめちゃくちゃ時間がかかり、バスの中をくまなくチェックされた。その国境警備のやつにやられたか?
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 

嫌な汗がドッと出てきた。この500ユーロも借りたお金の一部だった。返せない。
 
 
  
 
 
 
 
 

すぐダルコに言った。

 

やばい、金が盗まれた。
 
 
 
 

しかし、ダルコの反応はびっくりするぐらい薄かった。
 
 
 
 
 

「Why?Unbelievable」

 
 
 

そのぐらいの薄い反応だった。
 
 
 
 

俺はダルコのあまりにも淡白な反応にピンときた。ピンときてしまった。

そしてこういう時の自分の直感は、今までほとんど間違ったことがないのを思い出した。自慢じゃないけど、俺は感が鋭いとは言わないが、直感が降りてきた時はほぼ100%の的中率だった。
俺は急いで鍵を持ってレセプションに行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 


「セーフティーボックスの鍵を締めたいんだけど、鍵貸してくれる?」
 
 
 
 
 
 
 

細かい事情を話すのは出来ない。だけどこの質問で全てが分かる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
レセプションの男は言った。
 
 
 
 
 
 

  
 
 
  

 

“当ホステルでは南京錠の貸出しは行っていません。自分で用意してください”
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

 
ゾッとした。血の気が引いた。
 
 
 
 
 
  
  
  
 
  
  
 
 
  

恐る恐る「この鍵知ってる?」と、使っていた南京錠を見せた。

 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
彼は言った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

“はじめて見ました”
 
 
 
 
 
 
  
 
 
  
 
  
 
 
 
 
俺は目の前が真っ暗になった。
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以前、ダルコが一度だけ話していた「日本人の友人がいるんだ」という話を思い出した。何故か俺は奇跡的に彼の名前を覚えていた。
彼をFacebookで探し出し、コンタクトを取った。

「一度Skypeをしましょう」
すぐに彼から返事が帰ってきた。
 
 
 
話してみると俺はサッカー、彼は違うジャンルであったが、話の経緯はほとんど同じ。同じような時期に同じような額を騙され、チェコのプラハに飛ばされていた。

少しだけ頭のなかにあった「本当にビザには時間がかかっていて、ハンガリーの国境でお金を取られて、ダルコは良い奴で、俺はスロバキアでプレーできる」という可能性は消え去った。
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
凄腕代理人も、ビザの取得を手伝ってくれている人も、スロバキア人のスタッフも、ブラチスラバのチームも、契約金も、コーディネート料もここまでの話は全て彼の作り話だった。

 

 

 

ホステルで出会った親切なセルビア人と仲良くなり、少しだけ練習参加をして信用し、嘘の移籍話でスロバキアに向かい、嘘の話をし続ける男とウィーンに来て、何枚も意味のない契約書や申請書にサインをし、嘘のビザの情報に人の大金を払い、彼の用意した南京錠で閉めたロッカーに全財産をいれ、信頼の証のカバンにはボロボロのパーカーが1着入っていただけだった。
 
 
 
 
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俺は全財産を奪われ、友人の信頼を失い、家族の思いを盗まれ、ここまでの時間をすべて無駄にし、残ったのは親や先輩、コーディネータの方への借金だけで、あとは一握りのお金だけ。ほとんど一文無しでたったひとりでウィーンに置いていかれた。地獄としか言いようがなかった。

英語も喋れないくせにここはドイツ語の国。マジ何もわからん。
スリランカからフランス、セルビア、オーストリアと来て、今までに費やしたお金と取られた額を合計すると150万円を超えると思う。150万かけて、何も成し得ずひとりぼっちのウィーン。言葉も出なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

とりあえず大使館に向かった。大使館の人は決してお役所仕事ではなく、丁寧に対応してくれた。警察署に行った。英語もドイツ語も出来ないし、ネットを使って言葉を調べようにもWi-Fiが通ってなかった。被害届を作るのに何時間もかかった。
 
 
 
 
 
 
 

帰る途中にウィーンの橋の上から、下を走る電車を眺め、思った。
 
 
 
 
 
 
 

ここから飛び込みたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

今までもそんなことを考えたことは何度もあった。その都度自分としては本気で考えてたような気がするが、今回はもっと本気だった。
 
 
 
 
 
 
 
 

自分の夢だからと親に無い懐から大金を支払わせ、ヨーロッパに飛び、友人から応援してもらい、本気でCLを目指していた。
 
 
 
 
どうしたらいいだろう。
まず、日本に帰るお金がない。それに日本に帰るお金があるのなら友人に返したい。また誰かにお金を借りてもそれを返さなければならない。それなら結局日本に帰らないといけない。パリやロンドンでビザなしのアンダーで働く手もある。それでも生活費は高いしサッカーは出来ない。

帰るのはいい。だけど日本に帰ってお金を返して、またお金を貯めてヨーロッパに来るとき、自分は何歳なんだ。
22歳の今ですらオッサンだ。サッカー選手としては歳を取り過ぎた。お金を返すための仕事の間、トレーニングなんて100%で出来ない。
また何年かお金を貯めてチャレンジしても、どこかの国でプロとしてはやれると思う。
でも、もうCLなんて冗談でも言えないだろう。
 
 
 

リアルで、ネットで、メディアを使って、俺はデカイことを言って、夢を叶えようとした。俺でも出来る、俺でもやってやる、それをやってやりたかった。
でも現実はプレーすることすら出来なかった、借金だけが残った、借金自体は大した額じゃないと思う、だけどそれを返すということは夢を諦めるということだ。諦めるなら、もっととことんやって諦めたかった。

それぞれは大した問題じゃない。けど、それが複雑に絡み合って、自分の目標や夢から考えると、もう全部終わりにしたい気持ちになった。
 
 
 
 
 

橋から飛び降りようとしたが、少し考えて、辞めた。

命は大事だ、生きたくても生きられなかった人はたくさんいる、金額は大した額じゃない、まだ無理と決まったわけじゃない、自分を大事にしろ、親の顔を思いだせ。

そういう言葉で飛び降りるのを辞めたんじゃない。
 
 
 

「まだダルコが捕まってお金が戻るかもしれない」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

フェンスを越えなかったのは、その思いだけだった。
涙もため息も出なかった。靴紐がほどけてたけど、直す気にもならなかった。

もしかしたら思いが強すぎたのかもしれない。

現実的に、他の国でプロとしてプレーできる話はいくつかもらっていた。でも、俺はCLから逆算することが大事だ、目標設定が全てだと、そう教わった。だからヨーロッパに、セルビアやスロバキアに拘った。こだわったことで実際に道が開けたように思っていた。
 
 
「人に言われたことを素直にできるかどうかが成功の鍵」と聞いて、何か思うことはありつつも言われたことはなるべく受け入れてきた。
 
 
 
 
 

でも、言えば言うほど、やればやるほど、上に上がっていくどころか穴を掘っていたのかもしれない。気が付くと穴から出られなくなっていた。冷静なようで冷静じゃなかったのかも。

おかしいと思う点はいくつもあった。何度も確認した。

自分にしては待遇も評価も高すぎないか?と冷静になった時もあった。

人様に迷惑をかけてまでやりたいことなのか?と自分に問いかけた。
 
 
 
 
 

だけど、CLに出ると世間にでっかく宣言したし、それを目標から逆算してみたり、家族からネットでしか知らない人まで沢山の人が俺のことを応援してくれている・・・・それを思うと、ここで辞められなかった。
ここで辞めたらお金も時間も無駄になる。ヨーロッパでプレーできなくなる。絶対に成功しなきゃダメだ。

そう思えば思うほど、ビザの問題も契約の問題もダルコのおべんちゃらも、負けるわけには行かないと正面からぶつかることを選ぶしかなかった。
 
 
 
 
 
 
 

俺のコーディネーターの方は警戒していたし、何度も怪しいと教えてくれた
「それホンマに大丈夫か???」
「そんなビザの取り方聞いたことない」
「本当に信用できる話なのか?」
 
 
 

俺にはわからなかった。

だから同じことをダルコに聞いた。
 
 
 
 
 

「お前のコーディネーターは今、セルビアにいない。今仕事をしているのは俺だ、お前の代理人はマティッチと同じだ。お前のコーディネーターはセルビアのやり方を知らない。確かにこれは普通のやり方ではない、だけどこのやり方を知ってるのがお前のメリットだ」

怪しいとこを突けば突くほど、その話の信頼性は高くなっていった。
 
 
 
 
 
 
 
俺がダルコに何を言っても的確に返された。

「大丈夫です」
「俺がステップアップするためにはこういうところを乗り切らないとダメです」
「こういう局面にビビっていたら、俺はステップアップできない」

「ダルコは信用できる人物です」

コーディネーターの方にはそう伝えて、無理矢理話を進めてもらった。

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『矢印は全て自分に向けろ』

ある人に教わった。
何か問題が置きた、困難にぶつかった、誰かがミスをした・・・そんな時、人のせいにするのは簡単だし、楽だし、実際世の中はそうやって動いている。だから逃げるし誰かに責任を取らせるし自分じゃないと言う。

だけど、その「矢印」を人ではなく自分に向けた時、ツライ思いやしんどい出来事は全部自分の「伸びしろ」にしかならない。

なぜならその問題を解決した先には、自分の成長があるだけだから。

だから矢印をどこに向けるのも自分の自由だし、何が正解で何が間違いではないけど、自分が成長したいんだったら矢印は自分に向けろ。

と教えてもらった。これもここ最近、ずっと大事にしてきた言葉。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
罪を憎んで人を憎まず、矢印を全部自分に向ける。

そうすれば無駄なマイナスな感情は出てこないし、その先にあるのは自分の成長だけ。苦しいけど、それで自分は成長できる。

俺は誰かのせいにすることも、誰かに責任をとってもらうことも興味が無い。
とにかく成長したい。自分が思い描く自分になるためには、こんなことで負けてちゃダメだし、このぐらいの問題は解決しないといけない。

だからダルコは恨んでいないし、金を返してくれ以上のことも思わない。あいつは詐欺師だけど、詐欺に引っかかったのは俺のせい。だし、あいつもなにか事情があるから詐欺をしてる。
当然社会から許されることじゃないんだけど、俺はもう別にどうでもいい。

正直苦しい。毎日寝れない。何もする気にもならない。
だけど前向きにやるしか無い。
 
 
 
 
 

この話をした時、自分の周りの人間はほとんどみんなポジティブな言葉をかけてくれた。
まあ、俺がしょんぼりしてる上からボロカス言う人もいた。でもその人から見たらそれが正しいんだろうし。言い返すつもりも気もない。

一体どうしたらいいかわからない。
お金はない。
サッカーは続けたい。今続けたい。
詐欺師ごときに負けてられない。
でもお金がない。むしろ返さないとダメだ。
どうしたらいい、どうしたらいい。

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相変わらず俺の人生はドラマチックというか、映画みたいな人生だなと呆れている。
どうしていつもこうやって大きい話がぶつかってしまうのか、自分の運命に嘆いている。
 
 
 

今はセルビアにいる。
2人も日本人が被害にあってるということで、大使館の人は大使館が休みなのに重要案件として対応してくれた。オーストリア大使館からセルビア大使館に連絡していてもらっていたようで、既にセルビア語での俺の被害レポートを作ってもらっていた。

通訳も用意してもらい、セルビアの警察に行ったら一番上の方に通された。大きいテーブルとソファーのある、ちゃんとした客間に通された。

秘密警察の隊長?さんにダルコの名前を言った。
名前はパソコンですぐにヒットした。こいつか?写真を見せられた。間違いない。
 
 
 

結論から言うとダルコはセルビア警察の中では超有名の一流詐欺師らしい。
まだベオグラードにこいついるのか!と驚いて、頭を抱えていた。

同時に「警察にとってこの情報はグッドニュース、あなたたちにとってもグッドニュース。
なぜなら普通はこんな事件対応できないが、こいつが相手だと警察が本気を出すから」と。

民事ではなく刑事事件だから、俺がどうしようとも勝手に話は進んでいくと言っていた。
 
とにかくダルコに関しては相手が悪すぎた。3週間一緒に住んでて、実際に一度はチームに連れて行ってくれた奴に、金とられてウィーンに置いてかれることなんて考えられない。これで人を疑わなければならないなら、全ての人を疑わねば。
 

 

 
 
ただ、現実問題お金は戻ってこないだろう。送金方法も複雑だった。足が付きづらい。事件も国を跨いでいる。ダルコがセルビアに戻ってくる保証もない。家族はボスニアにいると言っていた。

ダルコを恨む気もない。興味もない。むしろ、殺人犯とか凶悪犯じゃなくてよかった。殺されてない、俺は。

恨んでも憎んでも時間は帰ってこない。詐欺師のために俺の人生めちゃくちゃにされるのは嫌だ。ダルコのせいにするのは簡単だけど、ダルコのせいにしたって俺がヨーロッパでプレーできるわけじゃない。
 
 
 
 
 
 

頭を使うしか無い、身体を動かすしか無い、足を進めるしか無い。

ボールを蹴るしかない。顔を上げるしか無い。

とにかく、サッカーを続けていく。そしてヨーロッパで続ける。
 
 
 
 

今は死ぬ気もない。橋からは飛び降りない。
 
 

だけど今、めちゃくちゃに問題を抱えている。ひとつじゃない、何個も何個もある。解決すべき問題はひとつじゃない。

だから何か助けてもらえることがあるなら、誰かに助けてもらいたい。
教えてもらえることがあるなら、教えてもらいたい。
紹介してくれる人がいるなら、紹介してもらいたい。
くれるものがあるなら頂きたい、使える技があるならやり方を伝えて欲しい。
 
 
 

とにかくこっから矢印を全部自分に向ける。人のせいにしない。全部俺のせい。

わがままかもしれないけど、そうする。それが俺の人生なので。

色んな人から今どうなってる?と聞かれて、説明するのがとても大変。

友人が多いのは誇らしいことだけど、こうなった時は凄く手間がかかる。

だからFacebookで書かせてもらいました。公開範囲とかは設定してあります。まずダルコに見られないように。
 
 
 
 
 
ブログでも良かったんだけど、まだ直接話さなきゃいけない人が何人かいるから。まずはFacebookで。

それと、これを言いたかったから、詐欺られたのは恥ずかしいしあんまり知られたくないけど、筆を執った。

「俺、頑張るから、誰か何か助けてください。お願いします」

甘えとかじゃなくて、ひとりじゃ解決できない。とても。

それでも前を向こう。

 
 
 
 
 
 
 

追記:先ほど、思うことがあって、ここまでをFacebookで書いて一時非公開にしました。こういうことを書いちゃダメかなって。

 

 

ただ、たった15分ほどの公開でしたが、色んな方から連絡を頂きました。
最初僕はとにかくどうやってこの状況を切り抜けたらいいかわからない。だから、なんでもいいからアドバイスを下さいと書いてみました。
その中でたくさんの意見やアドバイス、応援をもらったのですが、

 

 

「潔くカンパしてくれ!とか、投資してくれ!って言うのが一番いいんじゃないか?」
と複数の人にアドバイスしてもらいました。
他にもたくさんアドバイスを頂きました。

だからもう開き直って言いたいと思います。自分が騙されたくせに、、、と、気分を害された方がいたらすみません。

 

 

カンパ、投資、募集させてもらいます。
リターンは、自分がトップリーグやCLに出た時にVIP待遇でご招待します。
また、何か自分が協力できることがあれば喜んでさせていただきます。
それとサッカーからプライベートまで自分が持ってる情報は、聞かれれば全て答えます。
サインとかそんなの簡単なことは、指が取れるまでします。
引越の手伝いとか、限定品買うために店に並んどいてくれとか、そんな要求でも日程が合えばなるべく答えます。

額にも出来ることは異なってしまう・・・とは思いますが、何倍もリターンできるようにしたいと思います。

 
 
カンパ・投資していただいたお金は全て自分の自己投資に使います。食費、道具代、サプリメント代など。全部、自分がトップリーグでプレーしてCLに上がっていくための費用にします。
また、途中の状況はFacebook、ブログ、個人的なメール、LINE等で逐一報告させていただきたいと思います。

お金を貸すよ!と言ってくださる人はめちゃくちゃ多いのですが、今回の件があったので借りることは解決にならないですし、現状返す当てもないので、お気持ちだけ頂きたいと思います。

 
 
具体的な送金方法としては
 
 
新生銀行横浜支店
670普通0402287
マルヤマリユウヤ
RYUYA MARUYAMA

へのお振込みか、ウエスタンユニオンでの送金でお願いしたいと思います。どちらも事前に・・・特にウエスタンユニオンの場合は受け取り国の指定がある関係で、必ず事前にご連絡ください。

また、物品サポート、支援してくださる企業・法人様なども募集させて頂きたいと思います。何か自分が活動していくことで、企業・法人様にメリットがある、もしくは僕の考えに賛同・協力して頂けるなど、多種から広く募りたいと思います。

 

僕が必ずCLに行けるものではなく、それを約束できる世界ではないです。とてもとてもむずかしい世界です。

ただ、本気でやろうとしてる。そこに賛同して頂けるのなら是非ご協力お願いします。
また、普通に「頑張って」と言ってもらえるのも僕は幸せに感じています。お金だけでなく、言葉で励ましてもらえるだけでも本当に感謝です。
 

 
 
 
 
現状、ちょっとの出費も痛いです。みかんとバナナばかり食べてるのが現状です。

でも、前を向くしかなくて、やるしかなくて、頑張るしかない。
転んでもタダじゃ起きない。絶対頑張る。

2015年2月27日 ベオグラードにて
丸山龍也

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