ゆとり世代のプロサッカー選手。丸山龍也のオフィシャルブログ。現在は欧州リトアニアでプレー中。

2010年3月17日

背水の陣

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正直、今の学校にいたら神奈川県で1,2を争う進学校の卒業資格を、そこの生徒となんら変わりがなくもらえるわけですよ。

もしかたら将来の就職とかを考えたときにそっちの方がいいのかもしれない。・・・というよりいいだろうね。


俺は普通の頭は持ってるから、普通の高校には十分通えたし(負け惜しみじゃなくてね)、そういう能力や資質があるのに定時性過程といった社会的立場の低い(残念ながら今現在は)学校に行った時点で背水の陣と呼べたのかもしれない。


更に定時制から通信制へと転入。


普通は友達との人間関係が上手くいかなかった、いじめにあった。などのネガティブ要素満載じゃないと受け入れてくれないらしい。

ということはこの時点で俺の社会的立場は「中学校から高校に上がる際に、定時制に行った落ちこぼれで、更にそこにも馴染めずに通信制へと転入」と言った負け組な訳です。

今回転入に関しても、父親の会社が合併して収入がほぼ0になり、働かなければならなくなった。という、誇張表現で学校の管理職同士に話をしてもらったわけです。
それぐらいの事情がないと転入を認めてもらえないような事態なわけです。

もう崖っぷちです。普通の人生なら。

学歴で人の優劣を決めるのはクソ食らえだと思ってますが、学歴が高い人はそれなりにリスペクトされなきゃいけないな、、、。と思っているのもまた事実。
勉強ができるというのは勉強ができない人が思っているより素晴らしい能力で、普通の学校を出て普通の会社に入ってさえしまえば、例え中身がどんなアンポンタンであろうと「普通の人」として社会的に認定されるわけです。

逆にクソ学校に入って、ろくな大学も出れずにいると、どんなに中身が詰まっていて人間的にリスペクトされるべき人でも「ちょっと駄目な人」として認定されてしまうわけです。(社会的に)

もちろんそう言った考えが古くなってきていて、学歴なんて関係ないと思っている人も増えてきてはいますが、高校の授業料無償化といった政策を国がやろうとしている時点で日本の考え方は「学歴重視」な訳です。
無償化にするってことは国が高校ぐらいは出とけって言ってるようなもので、間接的に小中高と授業料を払ってないんだからその金で大学も行け。と言っているのと同義だと思います。







いくら、学歴はいらない。サラリーマンにはならない。と小学生から言ってきている俺でも正直怖いわけですよ。ちょっとね。

怖いと思ってる時点で甘いんだけどね。
本当のプロフェッショナルはこの状況下を楽しむ。
今をとにかくやる。
だって俺はサッカーでって成功するんだって心から思ってるなら何も怖いものはないし、怖がってる俺は心の底から思い切れてない。
環境とか国とか周りとかにブーたれてるだけ。

四の五の言ってる時点でナヨナヨのヘタレくんでもあるわけです。








だけど、俺が本当に学歴が必要だと思った時はちゃんと勉強して大学に入ればいいと思う。

たくさんの可能性が詰まった10代という時期のほとんどを机の上で過ごすのではもったいないし、自分の可能性に挑みたい!!という俺の当初の気持ちを忘れちゃいけないんだよね。


今ブログを書きながら俺は僕に訴えかけてます。

「君の判断は間違っていないよ。自分が一番やりたいことを思いっきりやったらいい」


だけどこのモヤモヤ。何に怯えているの?
せっかく新しいスタートが切れそうなのになんでワクワクしないの?
何もしてないのに疲れるの?
気持ちが悪くなるの?
暗くなってしまうの?



本当によく考えたつもりだったけど結局、勢いでやってしまったかもしれない。
もっと考えれば両親や学校の先生が悲しむことはなかったかもしれない。





だからこそ、もう本当に人生の崖っぷちに立たされたわけです。



でもこれが世界だと思う。

もうこれで駄目ならクスリや暴力しか残っていない。
家族が食っていけない。
国に帰ることすらできなくなる。

そういう苛酷な環境が南米のサッカーを支えてると思う。


そのハングリー精神。俺に下さってありがとう神様。
俺はまだギリギリの所で運がついてる。



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