ゆとり世代のプロサッカー選手。丸山龍也のオフィシャルブログ。現在は欧州リトアニアでプレー中。

2014年11月10日

似非の素直さ

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jesp


今日はオフでした。

というわけでチームメイトのオバさん、としくんと共に大都会コロンボへ!笑

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IMG_3764.JPG スリランカで唯一日本の食品を扱っているお店へ行き、色々と日本食品を買い込みました笑

日本価格の4倍という値段で、ちっこいペヤングが400円ぐらいするのですが、日本のもん食えるならむしろ安い。

 

焼きそばやカレールーなどを買ったので、作ったらチームメイトにもおすそ分けしてあげようと思います。日本食の美味さ舐めんなよ。

 

 

 

 

その他にビデオ撮影用の三脚、データ保存用の外付けHDD、ヨガマットなどを購入。

チームメイトが撮ってくれるビデオはカスなので、少しでも撮影環境を良くして良い素材を手に入れないと(笑) 今オフ移籍のためには良い映像が必須でしゅ。

IMG_3770.JPG フルタイム出場だったし、昨日動画で確認すると久々に動いた割にはハードにプレイしてて思ったよりも動けてたので、そんなこんなで身体には結構疲労が残っています。

 

ただ、身体の背面に筋肉痛が来てることや、疲労具合の左右バランスも悪くないので、意外と良い身体の使い方が出来たのかな?と。(身体の感覚とかセンスはないので、うっすらとしかわかりませんが)

親指をかばって、細かいターンとかステップとかを無意識に避けてたのかもしれませんが、身体のブレーキになる腿前や脛に筋肉痛が来てないのは嬉しい誤算でした。いつもならハムストリングより身体の前面に疲労が来るので(苦笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現オランダ代表監督であるヒディンクの右腕フィジカルコーチ、レイモンドさんのセミナーを大阪で受けた時に、試合翌日はオフではなく軽めのエクササイズを入れた方がコンディション的には良いと学びました。

そのことを思い出すと、コロンボを歩き回ったのはリカバリとしてはちょうどいい運動量だったかなと思ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、こういう理論もそうなのですが、サッカー界には様々な「説」が存在していまして、例えばオフの取り方ひとつにしても

「試合翌日は疲れてるからオフ」

「試合翌日はエクササイズにして、その次の日をオフ」

「水曜日(週の中日)をオフ」

「オフなんて返上!トレーニングや!」

「練習は週3〜4で十分」

 

などなど、色々な考え方や方法が溢れています。

 

どれも正解だし、どれも不正解とも言えると思う。

要は何にフォーカスを合わせるかでして、それぞれ一長一短あるわけです。ボールフィーリングとかならやり込んだほうがいいかもしれないし、コンディション的には試合翌日に動いたほうがいいかもしれないし、メンタル的には試合翌日はオフがいいかも。

 

色々理論はあるだけに、どういうやり方で成長していこうとするかは、アスリートならではの悩みであるかもしれません。

 

 

 

 

 

そこそこ名前のある人にそれっぽいことを言われると、ついついその理論を信じ込みたくなってしまったりもしますが、そこをうまく自分流に落とし込めるかどうか。そして、自分流に落とし込む前は素直に受け入れてやってみれるかどうか。

 

自分流に落とし込むことと、素直に言われた通りにやることというのは相反しているのですが、自分が思うにどちらとも必要な要素だと思います。

 

今日はそんなメンタル的なお話です。

成長するためにはどんな考え方がいいかな?というのも、オフの取り方同様色いろあると思うわけで、その例の丸山バーションのお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いざ自分がサッカー選手や男として人間として成長しよう!!と思うと、先ほど書いたような

 「自分が信じたことを優先すること」

「人の言われた通りにやること」

という部分にあるギャップに悶々とし、どうしたものかと悩んでいた時期が少なからずあったのです。極論、自分を信じるか人を信じるかみたいなとこありますから。

ほんで、本を読んだり人と会ったりしてみては、考え方ひとつとっても色々と試行錯誤していったわけですが、そこで編み出した丸山流は

「斜に構えたところから入って、話が終わったら素直に聞いてみる」

 

 

というやり方でした。

 

 

 

 

 

 

説明いたします。長いけど読んでね。

 

 

 

 

 

 

元来、僕は素直ではありません。

 

むしろ根っからの天邪鬼で、なるべく人の反対側に喜んで進みたくなる人間。

(反政府組織とかでデモ運動とかを先導する立場になればそこそこのとこまで行けたと思いますw)

 

 

 

 

 

てなわけで、人の言われた通りに物事をすることは大の苦手でした、いや今も苦手です。

それが例え名前のあるような人で、インパクトのあるタメになることを言われ、頭にガツンと衝撃を受けたようなことだったとしても、しばらくすれば

「でも、、、」「だって、、、」「

と、その話や理論の”粗探し”をするのがお決まりのルーティン。好奇心は旺盛だし、人懐っこさもそれなりにあるので、僕は頭でっかちになっていくばかりでした。

 

まあ、そんな感じだとうまく行くこともうまく行かないもので、もちろんの如く長い間くすぶってたわけですが、ここ数年少しずつ変化して来たのがこの辺のマインド。変われば変わるだけサッカーのパフォーマンスも変化していったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは自分が「粗探しをして物事を素直に聞けない卑屈な人間」だということを認めることから入りました。

だし、それは一生変わらない俺のパーソナリティだということを受け入れます。今まで素直になろうとしてきたのに無理だったわけで、良くも悪くも素直になることを諦めた。俺は素直じゃないのだ。

 

 

その上で、「でも素直になれた方がサッカー上手くなるよね」ってのもしっかり認識しました。

僕は才能に溢れる天才アスリートタイプではないので、素直に物事を聞いて色んなことを吸収して行った方が絶対に良くなる。素直じゃないにしろ、そこはしっかり頭に入れておくわけです。

だから素直でいられるときは素直でいる。素直になれないときも、「素直にやったほうがいいのはわかってる!でも俺は素直にやんねー!上手くなれなくてもいい!」みたいな感じになったりもしました(笑)

 

 

その2つの前提を持って、様々と自分が成長できる考え方を試した結果、前述の「斜に構えたところから入って、話が終わったら素直に聞いてみる」に辿り着いたわけです。

 

 

 

 

実際どういう感じかというと、まずはどこかで出会う凄い知識や理論を持った人がいるとしましょう。

その人と見事お話できる機会があったとして、

「こいつ本当にすげえのか?」

「またまた〜そんな風に大きいことばっかり言っちゃって〜」

「なんだよこいつ、元プロの割には大したことねーな」

などなど、そんな感じの見方から入ります。

入りますってか、元来が卑屈で素直じゃない人間なので、何か意識してなければ自動的にそういう見方になります。笑

 

 

それで、教えてもらえる話や情報を聞きながら、

「それって◯◯の方が良いんじゃないの?」

「そのやり方じゃ⚫︎⚫︎にしかならねーじゃん」

と粗探しをする。

大概、不思議なもので話が終わるまでに粗の部分は解決するもので、それでも残った粗で疑問に思った部分があれば質問して解決する。

 

 

 

 

そして、全て話も質問も終わったら、その日のことを“素直”に受け入れて、正しいものだと信じてみる。 ここがミソです。

もう、自分が持ってる卑屈な部分によって炙り出された粗は解決してるわけですから、あまのじゃくになる要素なんかなくて、ちゃんと素直に聞けるはず。

このやり方だと相手が格上でも格下でも、すごい人でもすごくない人でも心の動き方は同じです。だって上から目線で相手を下手で見るところから入るんだから。

 

 

 

 

 

 

ただ、その理論や話の粗を探して解決したとして、それでも素直に受け入れられないのが自分の本来持つ卑屈なパーソナリティですから、ここは頑張って意図的に素直な自分を演出するわけです。もう無理矢理に素直マルちゃんに変身する。強制変身。

 

これを似非の素直と自分では呼んでいます笑

 

 

 

 

 

 

ただ、自分が本来は「粗探しをして物事を素直に聞けない卑屈な人間」だということも、「素直になれたらサッカー上手くなるよね」っていう事実も、両方ともしっかり理解しているので、似非の素直の状態を作るのはそんなに難しくないです。てか、いける。

 

 

素直じゃないけど素直になれた方が得だから素直にやっとこ、、、こういう冷めた心情でも、素直になれずに我流を突き進むよりは幾分かマシなはずだと考えます。嘘の素直でもいいわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指導者をやるとよくわかるのですが、下手でも素直な奴の方が伸びる。幼稚園生なんかは特にそうで、マルコーチやマル先生が言うことをなんの疑問もなく実行していく。結果、グングン成長していきます。

反面、素直じゃなくて自分の考えでやる奴は小さい子でもあんまり伸びない。 それは中高生ぐらいだと顕著で、なまじっか頭良いやつだと勝手につべこべ考えすぎて頭でっかちになりがち。

天から無条件に与えられている、何もせずとも成長していく「のびしろ」は、小さい頃に比べると明らかに少なくなってるんですから、結果として当然伸び悩むわけです。俺もそうだったと思う。

小さいうちは素直じゃなくてもなんとなく身体が吸収していったものが、中高生くらいからそうはいかなくなってくる。こうなっちゃうとびっくりするぐらい伸びねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな状況を見てたり知ってると、誰もが素直にやれた方が良いじゃん!と身に沁みてわかっちゃうわけですが、実際そう理解したところでなかなか難しいものです。

素直になれたらいいのなんて最初からみんな知ってるしね!それでも素直になれないから悩んでるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

「人間、ハタチを越えると自我が形成されて素直さや柔軟性がなくなる」 とどこかで読んで、今以上に頭固くなるのか俺…と頭を抱えたのが17歳ぐらいの頃。

その時は「ハタチ越えたらもうなんも吸収できないから、今のうち色々頑張って勉強しよう」的な結論になったことを、当時のサッカーノートに記録しています。素直になろうじゃなくて、我流で色々首突っ込もうという結論になってるのがオレっぽい笑

 

 

 

 

 

 

とはいえ実際にハタチになってみて、頭が固くなったり柔軟性がなくなったりしてたとしてもまだまだ何かを吸収して成長したいと思うものですから、あれれと困ってしまった。頭固いけどどうしよう。

そこで、たくさんぶつかってつんのめってみて編み出したのが似非の素直だったわけです。

 

 

 

 

 

 

頭固くて卑屈でどうしようもなく素直じゃない人間でも、似非の素直モードになれればまだまだ成長できる。 その辺を証明するのも、サッカー人生でやりたいことのひとつです。

才能なくて運動神経なくてセンスもなくて、更に更に素直じゃなくても成功したら偉いこっちゃ。(この凄さ伝わらんやろな笑)

 

 

 

 

 

 

一方、 自分流を突き通す!周りに左右されない!ブレない!初志貫徹! というのもそれはそれで大事な要素だとは思ってます。

その辺をどう考えてるかはまたいつか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

似非の素直のほうが、ただの頑固者よりよっぽどいいぜよ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談ですが素直じゃないのと同じようにで、はじめましての人との初対面では、一見社交的でも心の中で大体が喧嘩腰になってるのが丸山スタイルです笑

今、仲良い人って大概「マルって初対面の印象最悪だったよ」って人多いんですけど、それ多分マルのせい。笑

みんなそのあと仲良くなるんだけどね。

見下して入るのって悪いことのようだけど、相手の良いところを見つけやすいって特性もあったりなかったり。本当はこんなこと考えないでキラキラピュアピュアでいたいけどなー

 

 

 

 

 

 

良いオフでした!あと2日でスタジアムナイター!!!

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