ゆとり世代のプロサッカー選手。丸山龍也のオフィシャルブログ。現在は欧州リトアニアでプレー中。

2017年10月11日

サッカー観は空気で、止める蹴るとフィジカルが風船。

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結局、最後は止める蹴るとフィジカルだなと思った。

止めるもできず、蹴るもできず、フィジカルの能力も平凡以下しかない自分は、まあそれなりにその辺の能力を上げようと努力はしたけど、そこでやっても勝てそうな気が全くしないから「最後は結局サッカー知ってるか知らないかでしょ?」というところにポイントを置いてきた。

 

サッカー知ってる・・・ってのも、日本でやるサッカーに限ることなく、国によってするサッカーってそれぞれ違うわけだから、どこにいても同じように出来るサッカー観っていうか、なんというか。

チームでレギュラーに入れるか入れないかの実力な自分が、世界のどこでプレーしてもそのぐらいの立場でいられるような(下手でとか関係なく試合に出られる人っているじゃん)そういう意味での「知ってる」を追い求めてきた。

 

個サルでサッカーしても、プロの中でしても、「下手だけどなんか試合に出てるやつ」っていうのが、良いなと思って、だったら技術そのものよりも本質的にサッカーができるようになったらいいなとやってきまして。
まあそれが上手いってことなのかもわからんけど。海外でサッカーしてて下手って言われたことあんまないな。日本が一番言われる(笑)

 

そうやってることで、それはそれで結果が出たこともあったし、こんなにボール蹴れないのにこんなに活躍しちゃって良いんか!ってな手応えもたくさんあって。

 

 

 

 

でも、まあ、だが、しかし。行くとこまで行くと、結局止める蹴るとフィジカルだなってなった。

 

 

サッカー観とか、サッカー知ってるとか、そういうのは空気みたいなもん。

止める蹴るとフィジカルは風船。

 

 

いっちょまえにサッカー知ってる風男子でも、風船のサイズが水風船とかシャボン玉ぐらいだったら、空気は少ししか入らなくて、小さいものしか出来あがらない。

 

風船のサイズが、バルーンとか気球とか、東京ドームぐらいあれば、空気はどんどん入る。

 

 

 

俺の知ってること、できること、やれることを表現する器が乏しかったな。何かひとつじゃダメで、バランスというか、補完と言うか、支え合って切磋琢磨しあって表現するもんなんだと。

それに気づけてよかったし、もっと早く気付きたかったし、気づいてたのにもかかわらず気づいてないフリをしてたのかもしれないし。

 

 

その時その時一生懸命にやってたわけだから後悔はないけどね。

トラップうまくなりてえって、おじさんになっても思うんだろな。

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