ゆとり世代のプロサッカー選手。丸山龍也のオフィシャルブログ。現在は欧州リトアニアでプレー中。

2015年6月2日

鏡に映った、あなたとふたり。情けないようで、逞しくもある。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加


うちの実家に住んでいると、鏡なんて洗面台にしかない。
だから生活しててほとんど見ることがなかったし、そもそも自分の容姿にも興味が無いから、ワックス片手に鏡の前で小一時間みたいな経験もあんまりない。

多分、同年代の男子に比べても、比較的に鏡の前に立つことが少なかった人生を送ってる。
たまに鏡がある場所に行くと、自分の姿を見れるのが新鮮で、ついついシャドーピッチングがやりたくなる笑

 

 

 

 

 

今自分が住んでいる部屋には3つの鏡がある。
化粧台的な机についている鏡、姿鏡、洗面台の鏡。
窓も大きい。部屋に入ると自分が映る。
エレベーター前にも鏡がある。

 

 

だから、今ここリトアニアの生活は、人生で一番自分の顔を見ることが多い時期なのかもしれない。それぐらい本当に自分とよく目が合うし、新鮮な気分(笑)
だからといって自分の容姿に興味が無いのは変わらないので、目ヤニも付きっぱなしだし、髪型もぐっしゃぐしゃなんだけど・・・。

 

 

 

 

 

 

で、そんな鏡三昧の生活で気付いたことがひとつだけ。

 

 

鏡に映るは自分は「結果」なのかもしれない。
良いことをしてたら良い顔をしてるし、憂鬱な毎日を送っているとそういう顔をしている。今日までの自分がそのまま顔に現れているような気がする。

もしかしたら鏡をたくさん観てきた人にとっては当たり前なのかもしれないけれど、23歳まであと1ヶ月の俺にはとても新鮮だった。

 

 

 

 

というのも、自分感覚だと鏡は「今」だったから。

 

 

 

 

 

今、いい気分だからいい顔をしている。
今、悲しいから悲しい。
今、パッとしてないからパッとせず。
だから、それが鏡に映ってると思ってた。

「結果」と「今」では微妙に捉え方が違う。自分自身の歴史が顔に出てるか、今の自分の瞬間が出てるか。科学的に捉えるとして、鏡に映った自分はその瞬間のコピーなのだから「今」の自分を写してるというのが正しいのかもしれないけど、哲学的に考えるとそうではない。

 

 

 

もうひとつ「予兆」と考えていた時もあった。

鏡に映った自分がなんだかやってくれそうだから、今日はゴール決めれそう。
鏡の自分が頼りないから、多分今日はダメだろう。
そんなことを感じ取ってたりもしてた。

 

 

 

 

「結果」「今」「予兆」
鏡に映る自分は一体何を表してるんだろう。きょうはそんなことを考えてた。

 

 

 

 

結論、鏡は「結果」でしかない。
今その時のインスタントな自分でも、未来の自分でもなく、今までやってきた結果だ。それが現れてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、俺が本当に出したい結果はピッチの上。鏡のないところ。

だから、そう考えると鏡に映った自分は、次の試合や目標に向けて歩んでいる「過程」でもある。

 

 

結果を追い求めてはダメ。結果を求めている時こそ、結果が出ない。
見つめるのは過程。良い準備。
過程なくして結果も数字も成績も何も出ない。だから、鏡に映った自分の今日までの結果を見つめて、結果を出すまでの過程のチェックをしていく。そんなことに鏡は使えるのかなーなんて思った。

 

 

気持ちも、体調も、思考も全部顔に出る。
しかも、特に俺は顔に出る(笑)それを上手く見ながら、自分のコンディションも感じていきたい。

 



鏡に映った あなたと2人
情けないようで たくましくもある
顔と顔 寄せ合い なぐさめあったらそれぞれ
玄関のドアを 1人で開けよう



ってな。

 

 

明日はアウェイで試合です!!!!速報はLINEで流してるので、お友達登録よろしくお願いしまっす!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加