ゆとり世代のプロサッカー選手。丸山龍也のオフィシャルブログ。現在は欧州リトアニアでプレー中。

2015年5月19日

同じ92年生まれ、プラチナ世代と丸山龍也の距離。

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オランダで奮闘する宮市君のインタビューが上がっていました。

宮市、欧州での苦闘/ロングインタビュー・日刊スポーツhttp://www.nikkansports.com/soccer/world/news/1477703.html
とても刺激的だった。同感するところもあるし、差を感じるところも、羨ましく思うところもある。いいものを読ませてもらった。

 

 

 

 

 

このブログはゆとり世代フットボーラーと題打ってるわけですが、そもそもルーツを辿ればプラチナ世代へのアンチテーゼだったりします。

1992年生まれの僕と同じく、1992年生まれのサッカー選手達は13歳の時、日本代表として世界大会で優勝したことをキッカケに、「プラチナ世代」と名付けられるようになりました。

宇佐美貴史、宮市亮、柴崎岳、小野裕二、武藤嘉紀・・・代表や海外で活躍する選手が多い世代で、時を同じくして生まれた僕は負い目を感じていました。だから、「俺はプラチナ世代じゃねえ!一緒にすんな!」的な、言わば反骨心というかジェラシーの塊からブログ名を「ゆとり世代フットボーラー」としたのです。プラチナ世代ともてはやされる彼らに敵意を抱いていたからこそ、このブログの名前は誕生したわけです。

 

 

 

 

 


宇佐美選手が最初にスポーツ報知の最終面で特集されたのは僕らが中2の冬。
来季、所属するガンバ大阪ジュニアユースからユースを飛び越し、中3でのトップチームデビューが期待されるという記事でした。(その時の1面はカズ選手が契約を更新し、来季40歳でのプレーが確実とされたという内容でした)
その頃の僕は、県大会の1回戦をどうにか勝てるぐらいの弱小サッカー部のサブ選手でした。その新聞を学校の教室で読んだことを鮮明に覚えています。

 

柴崎選手が1年生で青森山田の10番を背負っていた頃、僕は定時制高校に通うチンピラ崩れでした。彼が高2で全国優勝し鹿島アントラーズと仮契約を結びキャンプに帯同していた頃は、ようやく本腰を入れてサッカーに取り組み始めたぐらい。まだまだプロになることは愚か、JFLでプレーすることを目標と掲げていた17歳でした。

 

小野裕二選手が高3でトップ昇格し、僕が死ぬほど好きなマリノスでゴールを重ねていた頃、一方の自分はクラブのアルバイトスタッフとしてスタジアムの脇から彼の活躍をただ眺めていました。何度か彼とすれ違った時に、あ。俺負けてる。って、話もしてないのに痛いほど実感した。

 

宮市選手がボルトンでゴールを決めた時、テレビでそれを眺めていた僕は前十字靭帯と内側側副靭帯を断裂してリハビリに励んでいました。いや、リハビリどころかピザ運んで、家電量販店で働いて、バイトばっかりしてた。泣きました。病んだ。

 

これからスリランカに行ってどうにかプロになる!日本代表になる!と鼻息を荒くしていた時、プラチナ世代が話題になっていた時には一切名前上がってなかった武藤選手が彗星のように現れ、日本代表でデビューしゴールを決め、Jでスターダムの階段を登っていました。
プロでもない僕は、友人と地元のスポーツバーで、彼のデビュー戦をファンのように眺めていました。

 

 

 

 

ネイマール、ゲッツェ、ハメス・ロドリゲス・・・彼らもまた同世代であります。世界のトップドリブラーも、ワールドカップのファイナルゴーラーも、レアルの10番も同い年です。

 

 

 

 

常に彼らとは差がありました。同じ1992年に生まれ、きっとだいたい同じぐらいボールに触れて、同じように学校に通って、同じようにご飯を食べてきたはずです。にも関わらず、月とスッポンのような差が常に存在してきました。

 

 

 

 

彼らのことは、今は意識していません。
意識するのは自分のことだけで十分だと思っていて、人と比べなくなった時から少しずつ立つステージが上がっていっているのを実感してるので、これからも誰かと自分を比較してあーだこーだはあまり考えない予定です。

 

 

とはいえ、やっぱりたまに考える。彼らとの距離感は縮まっているのか。
今日のようにロングインタビューなんかを読んだ日には、とてもとても考える。宮市くんがロシツキーから何かを学び、本田選手と電話して助言を受けている頃、一体俺は何をしているのか。そう思う。

 

情けない、ダサい、しょぼい、クソ、下手、辞めた方がいい、諦めた方がいい。
そんなことも一瞬頭をよぎる。

 

 

 

 

 

だけど、多分俺と彼らの距離は少しだけ縮まっている。まだまだ地平線上に見えない程度の遠さだけど。

少なくとも、学校の教室から新聞を読んでいた頃や、何がしたいのかわからなかった高校生時代とか、スタジアムのアルバイトで活躍を横目に眺めていた頃とか、怪我していた頃とか、プロでもなかったただのニートだった頃とか、そんな時に比べたら少しだけ。

 

 

勘違いかもしれない。
身分不相応の考察であるとも思う。

だからこそ数年後に彼らと同じ舞台に立って、22歳の5月のあの時はやっぱり距離を縮めてたんだな・・・というのを実証したい。

 

 

 

 

現実は厳しい。今の立ち位置はサッカーだけやってれば良いステージでもない。
サッカー以外のタスクも、ノイズも、たくさんある。
プレー以外に集中しないといけないこともある。

 

 

 

最近、世のニュースとか友人の動向とかそんなことに心を動かされる。
それは悪いことじゃないけど、潜在意識的にはきっと、自分自身にフォーカスが合ってないということ・・・そのものなんだと思う。

 

もう少し自分を見つめよう。
次、何かの瞬間で彼らとの距離を測ってしまった時、「あ、また縮まったぞ」と実感するぐらいには、またひとつ距離を縮めたい。

 

 

よし、がんばろう。

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