ゆとり世代のプロサッカー選手。丸山龍也のオフィシャルブログ。現在は欧州リトアニアでプレー中。

2017年2月27日

真夏のNumero Diez

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2008年、真夏の三ツ沢で行われた、マリノスvsコンサドーレ札幌戦。

俺の記憶が正しければ、マリノスは監督交代によって若手主体に舵を取り換えていたような頃だったと思う。

 

スタンドから試合を観ていたら、見慣れない毬栗頭の若い選手が試合に出てきた。新しく就任した監督が、次々と若手を起用していってイケイケの選手たちがピッチに並んでいった頃だけに、長年クラブを見守ってきたと思われる、客席のディープなファン達は「とうとう出してきたよ!」と笑顔を見せながらピッチに釘付けになっていた。

 

年は俺の2つ上、当然「すげえのがいる」という噂は聞いていた気がする。
めちゃうまい、鬼ヤバイ、と。

 

そんな前評判とは打って変わり、大きい背番号を付けた、その毬栗さんは、がむしゃらにピッチを駆け回って、歯を食いしばって走っていた。

 

 

その後、マリノスでは上手く行かず、レンタルでJ2に行った。あんなにうまいと聞いていた選手でも、プロでは上手く行かないんだろうなー。何が足りないんだろう。
その選手は俺の中でそんな物差しに変わりつつあったけど、J2で爆発。
レンタルバックで横浜に戻ってきてからも爆発した勢いは止まらず、俺がやさぐれて鹿児島を放浪してた頃の代表戦、とうとう初ゴールを奪って、そのまま翌年のワールドカップメンバーに滑り込んだ。

 

ドリブルの技術は日本で一番だと思う。どこの位置からも、ゴールに向かってまっすぐの角度を取り、左右どちらにも強く動ける状態を維持したまま進んでいくドリブルは、俺も真似したし研究した。カットインしてからもうひとつふたつ刳り込んで運んでいくのは「メッシ」の異名に間違いのないもの。

 

 

海外行ったら、もっとエライことになるんじゃないか、あの人うますぎ。そう感じてたけど、どうやらその夢は叶わなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

あの真夏の三ツ沢から、今日まで、何回カットインして、何回削られて、何回ボールを取り返しに自陣に戻ったんだろう。その積み重ねの繰り返しが彼を成長させてきたんだろう。

決意を新たに10番を付け、キャプテンマークを付け、周りを鼓舞して、相手のディフェンスをあっという間に切り裂いていった。4万人のオーディエンスが、画面の向こうにいる世界中の何百万人が、彼に魅了された。





 

俺も頑張ろう。積み重ねよう。ポジティブに思える。

 



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