ゆとり世代のプロサッカー選手。丸山龍也のオフィシャルブログ。現在は欧州リトアニアでプレー中。

2015年1月29日

まるふく農場ってソフトクリーム屋のアマチュア3人が、全員プロになった話

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竹さんって人がいまして。竹村明人。明るい人って名前の通りの、明るい人。

 

 

その人との出会いは高校2年生の時。

彼は塾講師をしながら、何故か素人同然だったサッカーに本気で打ち込みはじめることに。当時もう27歳とかで、おっさんだしサッカー超下手なんだけど、毎日全力でボロボロにドロドロになりながら頑張ってた。

 

その後、俺と竹さんが定食屋で飯食ってる時に「竹さんも頑張ればもしかしたらプロとかなれちゃうって!」と、軽い気持ちで彼をそそのかし、竹さんは「プロになる気ないから絶対セレクションとか受けない」って言ってたのに、俺がゴリ押しして何故か社会人クラブのセレクションを受けることに。

 

 

 

 

 

 

 

そしたらその数週間後、素人同然の27歳塾講師が、奇跡的にコバルトーレ女川(当時東北1部)のテストに合格。

 

 

 

 

 

 

 

 

親の反対を押し切り、正社員であった塾講師を辞め、晴れてセミプロのサッカー選手に。

 

 

 

 

 

 

 

竹さんは宮城に行き契約、ワンルームのアパートで新しいサッカーライフが始まりました。脱サラしてサッカーの夢を追う。第二の人生の始まりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その僅か3日後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.11の震災で、御存知の通り東北は壊滅的状況に。

 

 

 

 

 

 

竹さんの新居は、全ての荷物とともに海のもずくと消えました。

 

 

どうせ大丈夫だろうと思いだるい気持ちで避難してた竹さんでしたが、幸運にも数十秒という僅差で高台に避難しており、どうにか無事に。

 

 

その後、チームメイトの反対を押し切り、竹さんは徒歩で避難所のある女川から横浜を目指します。

 

 

 

 

 

ってなわけで、震災から数日間連絡が一切取れなかった。

 

 

 

 

この時、俺は凄く後悔した。俺が定食屋でそそのかしたせいで、竹さんが海に消えてしまったかもしれない。必死で片っ端からネットや新聞の情報を探し回った。同じく宮城に引っ越していた、伊藤さんというチームメイトを探すのと合わせ、情報提供を呼びかける掲示板に片っ端から書き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

死んだかと思ってた数日後、竹さんと連絡が取れた。ほんとうに嬉しかった。

 

 

 

 

その後、竹さんはめげずに南米・ボリビアに渡る。そして、地球の裏の厳しい環境であるボリビアで今度はセミプロではなく、プロサッカー選手としてデビューすることとなった。素人の塾講師が。すげえ。

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当時の竹さんのブログ。

http://blog.livedoor.jp/settatake/

震災の回想

http://blog.livedoor.jp/settatake/archives/52088549.html

 

 

 

その後、お父さんの病気があり竹さんはボリビアから帰国。帰国後は船橋にソフトクリーム屋を開くことになりました。ソフトクリームなんて冬売れないんだから辞めろ、センス無いって凄く言ったんだけどな、俺は。笑

 

 

そのソフトクリーム屋さんの名前は

「まるふく農場」

 

実はそのまるふく農場って名前には意味が込められてまして。

 

 

 

>実は、まるふくの名前の裏話ですが、自分はサッカーをやってて、色々な事情もあり、この3人に夢を託して引退することにしました。

>丸山龍也(まるやまりゅうや)

>木戸楓真(きどふうま)

>豊嶋邑作(とよしまゆうさく)

 

実は、福にまるをつけたら、響きがいいんじゃないと思ってたら、あらびっくり ちょっと強引だけど、3人の名前も入ってたんです。

丸山龍也のまる 木戸楓真のふ 豊嶋邑作のく

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。ソフトクリーム屋の名前には、俺の名前も入ってるのです。

 

 

 

あとはゆーさく先輩と、ふーま。

竹さんと、俺達3人が出会った時は、みんなアマチュアでした。

ゆーさくは俺の1個上、ふーまは俺の2個下。

 

(俺がまるふく農場に行った時のブログ→ まるふく農場のまるはまるのまる

竹さんも含め、みんな年は離れてましたが、砂埃の舞うグラウンドでいがんだボールを追いかけ、宝槻さん(鬼時代)の厳しい指導のもと、毎日泣きそうになりながらボロボロに成って切磋琢磨し、プロを目指して頑張っていました。

 

 

 

余談ですが、俺が2度の大怪我、3箇所の靭帯断裂で3回手術し、2年間サッカーが全く出来なく、毎日毎日闇の中で藻掻いて、何度もサッカーを辞めようと思っていた時。

親でも、妹でも、小さい頃からの友達でも、先生やコーチでもなく、一番必死になって「お前なら出来る」「絶対大丈夫」「頑張れ」と励ましてくれていたのはこの竹さん、ゆーさく、ふーまの3人でした。

 

 

 

 

ゆーさくはその後ベルギーでプロになり、今もヨーロッパ各国をプロとして飛び回ってます。

俺は昨年、スリランカでプロになれた。

 

 

 

 

 

 

 

そして昨日!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

まるふく農場の「ふ」!

 

ふーま!

 

 

が、オーストラリアで契約することになりました!まだ州リーグということで、給料だけでは生活できないようですが、しっかりチームからお金も貰える立場となりました。

 

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ふーまは小学校6年生の時から知っていて、家も近い仲良し。

「お母さんを楽にさせる!」と息巻いて、定時制高校に通いながらプロサッカー選手を目指し、共に切磋琢磨してきた存在です。

ふーまは怪我こそないものの、俺ってプロになれるのかな?このやり方じゃダメなんじゃないかな?と、何度も回り道をしてきました。プロになりたいって本気で思ってるからこそ、色んな情報ややり方を試してきたとも言えるかも。

でも、回り道した分だけツライ時期を歩んできたのを俺はよく知っています。

 

一緒に練習や試合も何回も行ったし、ご飯も何度も行ったし、ふーまのバイト先にもよく遊びに行ってた。本当にこれでプロになれるのかな?ってどっちかが思ったら、お互い励まし続けて頑張ってきた。愚痴を言ったり、お互いを叱咤したり、、、歳は2個下だけど、そもそも端から俺にはタメ口だし、良き仲間ってかんじです。

 

 

 

 

そのふーまがオーストラリアで契約したことは、本当に嬉しく思います。

 

 

 

 

 

 

 

まるふく農場の3人が、全員怪我や挫折があってもプロになれたこと。最高。

 

 

 

 

 

幸せだね。俺ももっと頑張ろう。






いつも応援ありがとう竹さん、これからもよろしく!

契約おめでとうふーま!これからもっと頑張れ!

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